「天と地をつなぐ声」笙奏者佐藤尚美さんインタビュー

naomi sato
佐藤尚美さん
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佐藤尚美さん

アムステルダムをベースに音楽活動をされているサックス・笙(しょう)奏者の佐藤尚美さん。この度、10月22日〜11月3日まで開催されるバンクーバー・インターカルチュラル・オーケストラ主催「Chrysanthemums & Maple Leaves(菊と楓)フェスティバル」のためバンクーバーに滞在されています。自身の活動や、笙の魅力についてお話を伺いました。

笙との出会いは?

東京芸大でサックスを勉強しました。大学3、4年から現代音楽の勉強を始めるのですが、もともとクラシックが専門だった自分にとって現代音楽がなかなか合わず、苦労していました。その時、西洋の現代音楽は、東洋の伝統音楽からインスピレーションを得ているものがあることを知りました。

東京芸大には邦楽科があり、邦楽を勉強をすることによって壁に打ち当たっている現代音楽の表現も分かるようになるのでは、という目的でが雅楽のクラスを受けることにしました。昔から雅楽の音は好きで、その響きに魅力を感じていました。

当初は雅楽で使われている篳篥(ひちりき)、竜笛といったサックスににている楽器を勉強するつもりだったのですが、笙の演奏を見てインスパイアされました。あまりにも美しかったので、これは私が絶対演奏しなければならない楽器だと。

笙はどのような楽器ですか?(あわせてビデオをご覧下さい)

笙は竹の管で出来ていて、一本一本が外れるようになっています。竹の管を外すと、ブルーの部分があり、ここがリードの役割をして、これが振動をすることによって音が出ます。構造的には、ハーモニカ、アコーディオン、パイプオルガンやオルガンとおなじ原理で出来ています。

このブルーの部分が濡れてしまうと音が出なくなります。笙を演奏前や演奏間に暖めるのは、奏者の呼気の温度より笙の内部が熱くなることによって、結露を防ぎ、水滴がリードに付いて音高が狂ったり、音自体が出なくなるのを防ぐ為です。

—サックスと笙をプロで演奏をすることになった経緯は?

プロとして笙を演奏するようになったのはオランダに留学してからです。オランダは、特に私の住んでいるアムステルダムはとてもインターナショナルで、昔から東洋の文化に興味のある海洋国家です。外からの文化にも非常に寛容で、それを自身の文化に取り入れていっています。現代音楽に関しても日本・中国・中近東やインドの伝統音楽と、現代の音楽を組み合わせた活動が盛んで、ジャズ、ロックといった他の分野でもそういった事が盛んに行われています。そういった土地柄から笙を演奏する機会が生まれて来ました。

—そこまで大きな楽器ではありませんが、とても多彩な音が出る楽器だと思ったのですが。

音自体は17個しか出ないんです。竹が17管あって、それぞれひとつずつにリードがついています。ハーモニーの楽器なので、竹に穴があいていて、穴を 塞げば音が出ると言う構造です。構造上10個全てを鳴らすということは可能ではあるのですが、そう言った事はあまりやることはありません。その他に重要なのは、ハーモニカとおなじ要領で息を吐いても吸っても音が出ます。

—海外で笙の演奏活動を行ったり、現代音楽とのコラボレーション等をしている人はどの位いるのでしょうか?

最近、日本の音楽大学で雅楽のクラスが出来て来たので、ここ数年で結構増えてきたと思います。私が芸大にいた時は雅楽の本科が出来たばかりでしたので、宮内庁以外でプロで演奏していると言う演奏家はなかなかいなかったです。この10年くらいの間に他の大学でも雅楽の学部が出来て来たりしているので、少しずつプロで活動している人が増えて来ています。

ただ、現代音楽の分野で活躍している人は少ないと思います。それは、現代音楽は少し垣根が高いイメージが今でもあって、すぐに演奏したいと思う人がいないのだと思います。私の場合、サックスでクラシック音楽のバックグラウンドがあったのでわだかまりなく、現代音楽を笙で始める事はスムーズにいきました。

—アムステルダムではどのような活動をされていますか?

アムステルダムを拠点にしているアトラス・アンサンブルで定期的に活動をしています。アトラス・アンサンブルは各国の伝統楽器と西洋の楽器を組み合わせたバンクーバー・インターカルチュラル・オーケストラ(VICO)に似た形のグループです。アトラス・アンサンブルもそういった形を取って現代の作曲家と一緒に新しい音を追求しています。

また、Duo Xというデュオでアメリカ人のクラリネットの奏者と一緒に活動をしています。このデュオではサックスを演奏する事もあるのですが、笙をやってみたいという演奏家の方が多いので笙のための作品もいくつかあります。

その他には、Pochanという笙と打楽器のデュオで活動しています。つい最近、日本でのツアーを終えました。名前の由来は日本語の「ぽちゃん」で、松尾芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」からインスピレーションを得ています。蛙が水に飛び込んだ様子を芭蕉が俳句にしたのですが、そのぽちゃんという音がいろいろな事を気づかせたということから、自分たちの音がそう言ったものだったらいいな、というメッセージを込めて付けました。

—今回のコンサートでのコラボレーションについて教えて下さい。

一絃琴は今まで見たことがないので、一緒に演奏するのが今から楽しみです。ミュージシャンの方々とはメールで連絡は取り合っているのですが、これからリハーサルをしてどんなことになるか、まだ何もわからないです(笑)

尺八とお箏は一緒に演奏する事がよくあり、曲目のレパートリーも多くあるのですが、笙は雅楽の楽器なので、お箏や尺八と一緒に演奏できる曲がなかなかありません。私もオランダでお箏と尺八奏者の方々と演奏する事がありますが、その際には自分たちでアレンジをしたり、今回のVICOのように現代音楽で新しい作品を作ったりします。

今回、日本の伝統音楽を演奏する予定なのですが、それは雅楽の曲を4人で演奏しようと思っています。雅楽の曲をアレンジし、普段雅楽では演奏しない楽器(一絃琴・尺八・箏)とのコラボレーションなので、大変かもしれませんが、楽しみにしています。

また、楽しみにしているのがリタ・ウエダさんの書かれたオペラで、東北大震災の津波の被害を見たカナダの男の子が折り鶴を折って募金をたくさん集めたという話を元にした曲です。

—西洋楽器とのコラボレーションは大変ですか?

私のバックグラウンドが西洋音楽なので、おそらく他の邦楽器の方よりは楽にやっていると思います。ただ、笙というのはピアノのように音が音階で並んではいないので、五線譜で書かれた作品はとても吹くのが難しいです。雅楽の音階ではロジカルなのですが、西洋音楽ではロジカルに並んでいません。なので、指使いがすごく大変になります。譜面を読んで自分の指にきちんと合わせて行く準備に時間がかかります。

—五線譜の音楽を笙で演奏出来るように、またその逆の笙の音楽を五線譜で演奏出来るようにするというプロセスについてお話頂けますか?

これはとても大変ですね(笑)まず、作曲家が笙の指遣いを理解していないと、演奏不可能な物が出て来てしまうんです。ですので、作曲家とコミュニケーションを取り、楽器の仕組みを理解してもらう必要があります。

—今回VICOの作曲家によって 書かれた曲の演奏がありますが、その際もそのようなコミュニケーションプロセスから始まったのでしょうか?

今回の作曲家の方は、中国の笙とお仕事をされたことがあったので、基礎的なことはすでに理解されていました。ただ、日本の笙は唐時代のもので、中国では王朝の変化に従って楽器が変化し、日本の笙とは異なる楽器になっています。なので、中国の笙は色々な組み合わせのハーモニーも出しやすいのですが、日本の笙は17音階なので、この仕組みをわかってもらわないといけません。VICOの方は中国の笙に対する理解があったのと、アトラス・アンサンブル主催のアカデミーにも参加していたのでそれを経て笙についての理解も深めていました。

過去の活動の中で、楽譜をもらって、これは無理じゃない?という経験もありましたが、今回はそういうことはなかったです。どうしても新しいものが出来てくる時は作曲家と確認をして、無理な場合は代替案を出したりして仕上げていきます。

—今回レクチャーも予定されていますが、今まで笙を見たことがない人はどのような反応をされますか?
笙の音は、普段自分たちが耳にしている音よりももっとピュアで、昔の人は笙の音を「天と地を結ぶ声」と言っていました。音を聞いていると、スーパーナチュラルな気分になると言う方が結構います。私自身も、演奏を始めた際はそう感じていました。普段聞いている楽器と音が違うので、皆様驚かれます。

—現在演奏していてもそのような気持ちになることはありますか?
楽器自体が特殊で、吸っても吐いても音が出ると言う事は、自分がやっている呼吸が全て音になります。笙は、自分の生きている瞬間が全て音になる、そういう楽器です。楽器そのものに魂をささげているとまではいきませんが、支配されている面があるので、そういうところから次元が違うところに行っています。また、そういった覚悟が出来ていないとしっかりした演奏が出来ません。

—コンサートでの見どころは?
笙は天と地をつなぐ声と言われているので、皆様の気を繋いで奏でられる音です。演奏を聞いている際に、考えすぎず、一緒にリラックスして楽しんで頂けたらと思います。

—最後に、今後の抱負・予定をお聞かせ下さい。
この後すぐにフィラデルフィアに行き、作曲家の人が作曲中の作品のためのプロトタイプのコンサートがあります。その後はイタリアで弦楽四重奏との演奏です。その時には、自分の作曲した作品の演奏があるので楽しみです。

けっこう前から思っているのですが、ペルシャの楽器に興味があって、今までアトラス・アンサンブルでも演奏経験はあるのですが、ペルシャと日本楽器だけでのコラボレーションについて追求したいと思っています。ペルシャの繊細さと日本人の繊細さが共通していると私は勝手に思っているので(笑)

Vancouver Inter-Cultural Orchestra主催
Chrysanthemums & Maple Leavesフェスティバル

10月22日〜11月3日
チケットはこちらから
詳細:vi-co.org/

コンサート

  • In An Autumn Garden:10月22日午後8時よりOrpheum Annex(823 Seymour Street)・チケット$20/$10
  • Naomi Sato, Miyama McQueen-Tokita & Bruce Huebner with Emily Carr String Quartet:10月26日午後7時よりOpen Space Gallery (510 Fort St., Victoria)・チケット$16/11(前売り)、$20/$15(当日)
  • Breathing the Past: Music From Ancient Japan:10月29日午後12時よりRoy Barnet Hall at UBC
  • A Kuroshio Breeze: Chamber Music for Voice & Japanese Instruments:10月29日午後7時30分よりOrpheum Annex・チケット$20/15
  • A Kuroshio Breeze: Chamber Music for Voice & Japanese Instruments:11月2日午後7時30分より日系センター(6688 Southoaks Cresc., Burnaby)・チケット$20/$15
  • Chrysanthemums & Maple Leaves: Japanese Interventions:11月1日午後7時30分よりFrederic Wood Theatre at UBC(6354 Crescent Road)・チケット$28/$20/$15

ワークショップ・レクチャー

  • Meet the Instruments: Lecture/Recitals – Sho, Shakuhachi & Koto:10月24日午後3時30分よりVictoria Public Libraryにて
  • Meet the Instruments: Lecture/Recitals – Sho, Shakuhachi & Koto:10月25日午後12時15分よりVictoria Japanese Cultural Fairにて
  • Meet the Instruments: Lecture/Recitals – Sho & Shakuhachi:10月27日午後12時よりRoy Barnet Hall, UBC School of Music
  • Meet the Instruments: Lecture/Recitals – Ichigenkin & Koto:10月27日午後2時よりUBC Asian Centre
  • Meet the Instruments: Lecture/Recitals – Ichigenkin, Sho & Flute:11月1日午後1時よりバンクーバー日本語学校にて