Category: Sokai no ichizoku

萬蔵が行く(4)

 1923年、萬蔵の最期を郷里の口之津で看取ったのは後妻の多與だった。最初の妻ツヤは1893年、第二子出産の直後に23歳で他界している。その5年後、「京都の古美術商問屋に身を寄せていた美人の多與子を見そめて再婚した」(カナダの萬蔵物語)とある。

萬蔵が行く(3)

かつて幼児の子守りは、祖父母か年長の娘の役割だった。だが、徒手空拳で移民して来た人たちに祖父母を呼び寄せる余裕はなかった。だから、幼い二世を日本の親元に預けて高等小学校を終える頃まで面倒を見てもらうというケースが多かったようだ。その間、移民親たちは身を粉にして働き養育費を親元に送り続けたのである。そして養父母はその仕送りを当てにしていた。