パウエルグラウンドの今・これから

映画『バンクーバーの朝日』

昨年末、日本から知人が訪れた際にバンクーバー朝日軍が漫画『朝日軍』となり、話題を呼んでいるという話を聞いた。年明けには映画化が発表され、製作を担当したフジテレビの番組「奇跡体験! アンビリバボー」でも朝日軍は「日本人の誇り・奇跡の日系野球チーム」として紹介され、その存在は今までカナダの日系人の歴史について全く知らなかった人々の心も動かした。こちら、バンクーバーでも映画化の話は日系メディア・団体によって広がり、いつこちらで上映がされるか楽しみであった。

9月29日、バンクーバー国際映画祭『バンクーバーの朝日』はワールドプレミアを迎える。主演を務めた妻夫木聡は以下のようにバンクーバーでの初披露についてコメントしている。

「映画の舞台でもあるバンクーバーでこの作品が世界で一番初めに上映されることに、とても感激しています。むしろ、運命的なものを感じています。現地の方々に、朝日軍の持っていた誇りを感じてもらいたいです」

石井裕也監督も以下のように語っている。

「朝日軍の姿や当時存在していた日本人街の光景は、きっとバンクーバーの方々の目にも新鮮に映るはずです。当時のカナダ人たちは朝日のプレーに熱中していたそうです。それと同じように映画も楽しんでいただければ幸いです」

映画は栃木県足利市で撮影され、2万2000平方メートルの空き地に日本人街や野球場がセットされ、撮影が行われた。脚本の製作に当たっては戦時中の強制収容経験者であり、日系カナダ人ナショナル博物館(現日系ナショナル博物館)元エクゼクティブ・ディレクターのグレース・エイコ・トムソンがコンサルタントとして時代考証を行っている。作品は完全にノンフィクションではないが、実話に基づいて構成がされている部分が多いとのこと。

映画の中で、朝日軍がチームとして成長していくにつれて試合も活気を増して行く。試写会の際、手に汗を握りながら、ハラハラドキドキしながら見守ったのはおそらく私だけではないだろう。

パウエル・グラウンドの今

私は今、かつてパウエル・グラウンドが存在していたオッペンハイマー公園のフィールドハウスでアクティビティー・リーダーとして仕事をしている。 名前を簡単に覚えてもらえるよう、自分の本名ではなく、ケイ(Kay)という英語のニックネームを職場では使っている。(発音は偶然にも朝日軍で活躍したケイ(Kaye)上西功一さんと同じ!)今、この公園にたくさんの日本人・日系人が訪れるのは年に2回、パウエル祭朝日軍トリビュート試合が行われる時以外ほとんどない。近接しているバンクーバー仏教会や1ブロック離れにあるバンクーバー日本語学校・日系人会館には今でも日本人・日系人の行き交いがある。朝日軍の歴史だけではなく、移民100周年で植えられた遺産さくらといった日系人の歴史が今でも残るオッペンハイマー公園も時代を経て変化した。

悲しい事ではあるが、変化していないのは、 差別や偏見の存在である。今でも日系人に対するものではないが、ダウンタウン・イーストサイド地域や住民達に対しての偏った見方が存在している事は認めざるを得ない。 そして、ここ数年の地域開発に伴って、低所得者層の住居が失われ、ジェントリフィケーション*が起こっている。そんな状況に不安を抱きながらも、公園の利用者達は毎年開催される朝日トリビュート試合を楽しみにして、雨の日も、冬の寒い日も練習に励む。まだ試合日が決まる何ヶ月も前から、楽しそうに試合に向けての意気込みを話して来るオッペンハイマー公園の選手達の姿には当時の朝日軍の選手達と重なる部分があるのではないか。

Asahi Tribute Game 2013

朝日軍トリビュート試合にて (2013年)

げっぽう9月号にも朝日トリビュート試合に朝日軍として参加した方から以下のようなコメントが寄せられている。

「今思えばイベント当日のグラウンドでいちばん野球以外の何かと戦っていたのはDTES(Downtown Eastside)チーム**ではなかったか。言い換えれば、いちばんAsahiだったのはDTES チームだったのである」

この映画がカナダでの日系人の歴史を広く伝えるだけではなく、その根本にあった人種差別問題、特に日本でも最近問題になっているヘイトスピーチ等について再考する機会になることも期待したい。

朝日軍スピリットを引き継いで

私自身、歴史がまだ所々に残るオッペンハイマー公園で働く日本人として朝日軍の精神を引き継ぎ、今後プログラムやイベントを通じて日本文化の共有や、歴史に関する知識を伝えて行けたらと思う。今年4月に開催された遺産さくらウィンドーお披露目式の実現を通じ、日系コミュニティー・地元住民がこうした歴史を再認識するイベントを求めていると言う事を強く感じた。そのためには今まで以上に地元日系団体や活動家とのパートナーシップを向上させていかなければならない。

遺産さくら記念ウィンドーお披露目式にて(2014年)

遺産さくら記念ウィンドーお披露目式にて(2014年)写真:則子・テッドボール

*貧困・低所得者層が住む地域の再開発や文化的活動により活性化させ、地価の高騰、経済的に豊かな人々が流入する現象の事。
**オッペンハイマー公園チームのこと。

山本一穂
アクティビティーリーダー・オッペンハイマー公園