シリア難民を歓迎しよう

戦乱、内乱を逃れてシリアからの難民の一部はドイツなどのヨーロッパの先進国に亡命を試みているが、難民の大部分、数百万人は近隣のレバノン、ジョルダン、トルコのなどの難民キャンプに一時的に滞在している。このような難民の受け入れが去る10月に行われた連邦選挙の争点のひとつとなった。選挙で勝利し政権を担当することになった自由党は選挙公約に基づいて、25,000人の難民の年内の受け入れを準備している。

   戦乱、内乱を逃れてシリアからの難民の一部はドイツなどのヨーロッパの先進国に亡命を試みているが、難民の大部分、数百万人は近隣のレバノン、ジョルダン、トルコのなどの難民キャンプに一時的に滞在している。このような難民の受け入れが去る10月に行われた連邦選挙の争点のひとつとなった。選挙で勝利し政権を担当することになった自由党は選挙公約に基づいて、25,000人の難民の年内の受け入れを準備している。ここBC州でも3000人の難民受け入れが始まろうとしている。ところが、去る11月13日のパリで「イスラム国」のテロリストによる130人の死者を出す同時テロの事件が起こり、カナダでもイスラム教徒の難民の受け入れに対する慎重論や反対の声が 挙がっている。

    日系人の立場から現在の難民受け入れを私たち日系人ははどう考えたらいいだろうか。また、フランス政府が行っている「緊急事態」の下でのイスラム系過激派の摘発、取り締まりが少数派住民のプライバシーや基本的人権を侵害することになるのではないか、などの問題も他人事ではないと思われる。

日系人の経験に学ぶ

  日系カナダ人の過去の経験に照らして、先ず、突発的な事件に対する感情的反応の危険性が指摘できる。かって、1941年のアジア太平洋戦争の勃発によって、日系カナダ人は国籍や出生地に関係なく、「敵性外国人」と見做され、日系カナダ人の大多数、西部沿岸地域に在住する2万2000人が強制移動の対象となり、政府によって急造された内陸部の収容所などに監禁された。この政府の政策に抵抗した人びとは捕虜収容所に監禁された。1945年の大戦終結によっても「戦時措置法」に基づく緊急処置は撤回されず、日系人は大戦後4年近く従来の居住地域への帰還が認められなかった。そして、約4000人の日系カナダ人は1946年に日本への「強制送還」を経験することになった。日系人の大部分はカナダ市民であったから、それは国際慣例、法規に違反する自国民の国外追放であった。

 このような日系カナダ人に対する政策は 「日系人問題」を一挙に解決しようとする「人種差別思想」に基づくものであった。そして、補償を求める運動の結果、このような政策、処置が誤りであったことを1988年にカナダ政府は公式に承認して、陳謝した。そして、日系人に対する2万1千ドルの補償金の支払いが行われた。私たちはこのような歴史的な事実を忘れてはならない。

 しかし、そのような人種や宗教的信条を根拠にした一部の市民の差別、権利剥奪が起こりえないと楽観できない。なぜなら、信じがたいことだが、最近、アメリカの一部の政治家は最近のイスラム国(ISIS)による脅威が70年前の日系人による「脅威」と同様なものだと見做して、明らかに人種的、宗教的偏見に基く対処を主張しているのである。

 その一例として、アメリカ、ヴァージニア州のロアノーク(Roanoke)の市長、デービッド・ボワーズ(David  Bowers)は11月18日の発言で、第二次大戦中の日系アメリカ人を引き合いに出して、「イスラム国(ISIS)によるアメリカへの脅威の危険は当時の敵による危険と同様に現実的で重大なものである」と発言している。

   この様な 歴史の理解が完全に誤りであるとは明らかであろう。当時、日系アメリカ人による国家安全に対する脅威もカナダの場合と同様に          

         存在していなかった。だから、そのような危険が存在していた、というボワーズ市長の主張は危険な誤りであると言えよう。(“Comfort Women”Justice Coalition (CWJC)、 Press Release. October 21, 2015. 更に詳しくは以下のサイトを参照。http://www.theatlantic.com/politics/archive/2015/11/the-shadow-of-korematsu/416634/

 カナダの場合には、開戦当時、軍や治安当局(RCMP)は日系カナダ人が国家安全にたいするの脅威となっていない、したがって強制移動の必要はないと判断していた。その後、1944年に利敵行為など国家反逆の罪で起訴された日系カナダ人が皆無であったことを当時のマッケンジー・キング首相が下院議会演説の中で認めている。

難民の受け入れはカナダの伝統

 カナダの移住政策のひとつの柱は人道的目的に即した難民の受け入れである。そのような原則に従って私たちはシリア難民の受け入れを支持すべきであろう。第二次大戦後、1950年代以降、カナダにはハンガリー、ベトナム、ボスニアなどからの多数の難民受け入れの実績がある。かっての難民受け入れと同様に、シリア難民の受け入れがカナダにとって国家安全に対する脅威になると判断できないし、過度の社会的、政治的負担になるとも思われない。むしろ、人口構成が高齢化しつつあるカナダ社会に対する好影響をもたらす事になるであろう。

 難民の受け入れのために国連の機関による難民選別の仕組みがあり、さらに、教会などの団体やグループがスポンサーとなる民間の制度もある。このような制度がテロリストなど望ましくない人びとが難民に紛れ込んで入国することの歯止めになっているのである。現在のカナダ政府は難民受け入れを女性、未成年者、家族同伴の男性に限り、単身の男性を認めない方針と報道されている。このような方針はテロリズム対策として導入されたもののようだが、その有効性は疑わしいし、男女平等の国際的な人権の基準にも反するものではないだろうか。

 私たち日系カナダ人は、たとえば、オンタリオ州ではモスク(イスラム教寺院)に対する放火事件に見られるようなイスラム教徒に対する宗教的偏見、人種的偏見を批判し、克服しなければならない。そして、カナダ政府は私たち一般市民の支援のもとに、窮状にあるシリア難民を歓迎し、カナダにおける定着を出来る限り援助すべきであろう。

移住者と難民 

 到着した難民が置かれている状況を日系人、とくに、私たち移住者はどのように理解したらいいだろうかという問題について簡単に触れておきたい。 私たち移住者は概ね自発的な意思で移住している。そして通例、そのための心の準備{覚悟}も出来ている。カナダの気候や地理、風土にかんする知識を身につけ、公用語(英語かフランス語)をある程度、事前に習得しているだろう。更に移住先の現地には知人や友人がいる場合もあるだろう。そして、定着するまでに必要な準備資金、場合によっては就職口の確保などがある場合もあるだろう。また、日系人協会のような団体も現地社会への適応にとって有益な役割を果たしている場合もある。

 以上のように移住者が現地社会へ適応する際に役立つと思われる要素を列挙してみて気が付くことは、当然のことながら、当地に到着する難民にとって、このような定着に役立つものの大部分が欠けているということである。当地に到着する難民が置かれた状況の理解のために、私たちは上記のような一連の要素を念当において、想像力を発揮して、その人たちの状況を理解し、支持や援助を考えることが必要と思われる。

[文・鹿毛達雄]