NAJCの人権大賞、テリー・和多田氏が受賞

去る9月にバンクーバーで開催された全カナダ日系人協会(NAJC)の年次総会でNAJCの「ゴードン・平林博士人権大賞」をテリー・和多田氏が受賞した。そして、ゴードン・平林氏の子息であるジェイ・平林氏からその賞状が手渡された。

a journal of japanese canadian community, history + culture

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去る9月にバンクーバーで開催された全カナダ日系人協会(NAJC)の年次総会でNAJCの「ゴードン・平林博士人権大賞」をテリー・和多田氏が受賞した。そして、ゴードン・平林氏の子息であるジェイ・平林氏からその賞状が手渡された。

1942年に市議会で可決された、日系カナダ人を強制移動させるための人種差別的な法案に対してバンクーバー市が行った歴史的謝罪から約一年後、全日系人協会(NAJC)の年次総会がバンクーバーにて開催された。

カンバーランド博物館・文書館の代表者が歓迎の言葉を述べ、日系カナダ人や中国系カナダ人が公営墓地に埋葬を認められなかった時代について、そして、別々の墓地があったことを説明した。

ヘイスティング・パークの収容施設では厩舎として利用されていた建物に何百もの二段ベッドが置かれ、女性と乳幼児を含む子供が収容され、男性は分かれてフォーラムと呼ばれた別の建物に収容された。1942年の 5月中旬から入居が始まっているが、BC州保安委員会による準備期間は2週間足らずで、掃除,改装も行き届かなかったようだ。そのため、従来、厩舎だった建物には糞尿の臭いがこもっていた。

今年6月12日から15日の週末に掛けて、第29回炭鉱労働者追悼記念行事と第44回年次太平洋岸北西部労働運動史協会(PNLHA)の会議とがカンバーランド村で開催された。このような催しは私にとって過去への旅と呼べるものであった。

第二次世界大戦当時、日系カナダ人の大多数がBC州西部沿岸地域に在住していたが、その人たちが強制的に移動させられ、大戦後にいたるまで収容されたことはカナダの人種差別の歴史的事件としてよく知られている。

今年、2014年は第一次世界大戦開始の百周年にあたる。この大戦は日本やそしてカナダ在住の日系人にとってどのような係りと意味があったのだろうか。

バンクーバーのマスクイアム・コミュニティ・センターの大集会場の晩餐会に集まった大勢の参加者は、入場の際、入口で歌と太鼓で歓迎された。来客が指定のテーブルに着席しようとしている間にも歓迎の歌と太鼓が続いた。

100年前の1014年には世界史にとって重要な事件が起こっている。世界大戦の勃発である。しかし、 ここカナダにとって、特にアジア系のエスニック・グループにとっては、別の意味での重要な年でもある。すなわち、今年は「こまがた丸(駒形丸)事件」の100周年にあたる。そのため、1880年代以降のアジア系の住民や移住希望者に対する偏見、差別を象徴するこの事件が想起されているのである。

当地の「サン紙」、「グローブ紙」などメデイアが報じているように、去る5月15日、ヴィクトリアの州議会でクリスティ・クラーク州首相は歴史的な州の中国系市民に対する差別の政策の誤りを認めて、州議会でBC州の陳謝、すなわち、公式の謝罪を発表し、与野党一致でこれを支持する立場が明らかにされた。州議会で承認された決議のなかで以下のように述べられている。