日系人の歴史的遺産の認定と保存

従来から私たちGVJCCAでは、特に大戦中の日系人の収容に関係する史跡の保存や説明の掲示に関心を寄せて、州政府と連絡してきた。

a journal of japanese canadian community, history + culture

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従来から私たちGVJCCAでは、特に大戦中の日系人の収容に関係する史跡の保存や説明の掲示に関心を寄せて、州政府と連絡してきた。

去る6月4日、「日系人を称える—沈黙を破って」(Honouring Our People−Breaking the Silence*)のグレーター・バンクーバーJCCAによる刊行を記念する催しが日系センターの会議室で行われた。参加者は60名で会場は満員の盛況だった。

第二次大戦勃発直後の1942年の日系人総移動まで、バンクーバーのダウンタウン東部に中華街に隣接してパウエル街と呼ばれる日本人、日系人が集中して居住する一角があったことはよく知られている。去る5月は「アジア伝統月間」で、パウエル街の案内つきのツアーも催されている。当時の日系人にとってのパウエル街とは何であったかについて思いつくまま記してみたい。

去る2009年9月、3日間にわたって当地でJCCA人権委員会が主催した日系人の収容体験を語り合う会議“Honouring Our People—Stories of the Internment”(日系人を称える‐収容の物語)が行われた。この会議には第二次大戦中の移動、収容の体験者や家族や友人などが一堂に会して、当時の体験を聴き、話し合い、それから学ぶ稀有の機会であった。

2016年2月2日にサイモン・フレイザーのハーバー・センターでアメリカのイスラム系知識人で、デューク・イスラム学センター所長のオミッド・サフィ教授が、「イスラム恐怖症、イスラム国の時代のムスリムの人びと − 全体論的正義を求めて」と題する講演を行った。グレーター・バンクーバー・日系カナダ市民協会(JCCA)会員のロン・西村、そしてジュディ・花沢がこれに出席した。

現自由党政権は選挙公約の中で、Bill-C51として知られている昨年春に成立した「反テロリズム法」の改訂を約束した。どのような点が改訂すべきだと考えられているのだろうか。本誌1月号でも触れたように、私たちにはコミュニティを繋ぐ共通体験とも言うべき強制移動と収容の経験がある。したがって、私たちは人権擁護の立場からこの問題に対する対処を考えなければならない。

昨年末の12月28日、韓国のソウルで日本の岸田文雄外相と韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相との間で成立した元慰安婦の問題に関する合意が発表された。この合意は共同声明でなく、両国の外相がそれぞれの立場を発表するという形を取っている。

グレーター・バンクーバー・日系カナダ市民協会(GVJCCA)の「補償の遺産フォーラム」(Legacy of Redress Forum)で、私は各テーブルを渡り歩きました。すると会話の端々からアイデアが湧き出てくるのが聞こえてきました。

昨年秋以来のシリア難民の問題は10月19日 の連邦選挙の主な争点のひとつとなった。そして選挙に勝利したジャスティン・トルドーが率いる自由党政府の下で、2万5千人の難民受け入れが始まっている。難民の中に混じってテロリストが潜入するのではないか、という危惧が表明されることがある。

戦乱、内乱を逃れてシリアからの難民の一部はドイツなどのヨーロッパの先進国に亡命を試みているが、難民の大部分、数百万人は近隣のレバノン、ジョルダン、トルコのなどの難民キャンプに一時的に滞在している。このような難民の受け入れが去る10月に行われた連邦選挙の争点のひとつとなった。選挙で勝利し政権を担当することになった自由党は選挙公約に基づいて、25,000人の難民の年内の受け入れを準備している。