■地域社会で共有されている危機感
8ヶ月ぶりにバンクーバーに来ています。今回バンクーバーに来てまず痛感したことは、もともとの低所得地区(DTES地区)で低所得層が暮らすことができる空間的範囲がどんどん狭くなっていること、一方で低所得層の人数は変わらないか増加しているため、そうした人たちが残された空間に集中せざるを得ないということです。加えて、州内の他都市で行われるホームレス排除が結果的にバンクーバーにホームレスを含む低所得層を集中させるという現象にもつながっているようです。
今のバンクーバーで顕在化していることの一つが、オッペンハイマー公園で起きているホームレスのテント増加です。排除され、追い出され、人間としての尊厳を剥奪されることで自暴自棄になる人も少なくないことは想像に難くありません。私は2012年にDTES地区での調査研究を始めましたが、今までで一番地域の問題(特にホームレスや低所得層の貧困)が可視化されると同時に、地域関係者も危機感を持っていると感じました。
■ジェントリフィケーションとは
バンクーバーでは、ジェントリフィケーションという言葉がすでに一般にも浸透して使用されています。元は地理学の用語で、都市の再開発などを理由としてそれまで比較的低家賃であった地域に経済的に豊かな人々が流入し、地域の経済・社会・住民の構成が変化する都市再編現象を指します。自由経済を前提にあくまでも空間的な範囲での特定の階層の移動だと中立的に捉える見方もありますし、社会の格差拡大、低所得層の排除につながり人権問題をもたらすという批判的な見方もあります。一般的には、後者の批判的な見方が北米社会では広く共有されていると言えます。
そうした見方の背景には、実際に住宅から追い出しを受けたり、経営していた小規模店舗の閉店、廃業を余儀なくされた大勢の人たちの存在があります。現在の北米の都市では、自分もしくは周囲の人たちが何らかの形で、居住に関する経済的な問題に直面する経験をしている人が大半です。それゆえに、ジェントリフィケーションやrenoviction(リノベーションにともなって家賃値上げなどがなされ、結果として住民が追い出しを受けること)という言葉が危機感を持って、かつ身近な問題として捉えられています。
逆に日本では、空き家増加が社会課題として語られています。多くの場合、大都市であっても居住先探しに困ることはありません。そのため、住まいから追い出しを受けたり、それゆえに尊厳を奪われて自暴自棄になる、といった経験はほとんど紹介されません。むろん、そうした事例はあるし、ホームレスもいるのですが、北米と比較するとその数は少なく、ゆえにそれほど大きな問題ではないと見る向きもあるかもしれません。けれども、今の日本では、貧困は社会全体で向き合う課題だ、という認識がいっそう広がっていると言えます。
■今の日本では貧困は主要な社会課題の一つ
昨年末に日本に帰国し、改めて感じたことは、今の日本ではバンクーバーとはまた異なる形で、社会課題としての貧困に対する問題意識が高まっているということです。
例えば、貧困問題について学んだり、「子ども食堂」(無料、もしくは低価格で子どもたちに食事や居場所を提供する活動で、日本の全国各地で行われている)やホームレスの炊き出しにボランティアで参加する大学生や高校生も増えています。私が大学生の頃は、アジアや海外の貧困に目を向けても、国内には貧困はないかのように思われていましたが、今は決してそうではありません。
もちろん、一言で「貧困」「ホームレス」と言ってもカナダと日本では状況や現れ方が異なります。日本では貧困やホームレスの存在がより見えにくい状況があるでしょうし、高齢者の貧困、孤立も課題となっています。
日本では低所得家庭の子どもたちを対象とした、新たな大学無償化制度も始まります。この支援策の制度設計については賛否両論の評価がありますが、教育へのアクセスを増やすことで貧困をなくしていくことが目指されています。カナダ、日本でそれぞれ社会の仕組み、制度は異なりますが、貧困やそれに関連する課題がどのように現れ、改善に向けてどのような取り組みが求められるか、今後も注視していきたいと思います。
横浜・寿町で毎年の年末年始に行われる「越冬」の炊き出し準備には大勢のボランティアが参加します(2014年12月撮影)。