ナイプロに新たな命を吹き込むYK3~伝統の日本酒を創り出す杜氏~

小林友紀さんの本業は、リスクマネジメント・コンサルタント。事業者が危険を潜り抜けていくためのサポートをする仕事です。しかし、小林さん自身が起業家となったことで、自らの勝負師の一面を発見しました。

エリーゼ・ジー

写真: Thomas Buchan
写真: Thomas Buchan

小林友紀さんの本業は、リスクマネジメント・コンサルタント。事業者が危険を潜り抜けていくためのサポートをする仕事です。しかし、小林さん自身が起業家となったことで、自らの勝負師の一面を発見しました。
 
小林さんはニュージーランドに住む河村祥宏さんと共に、BC州リッチモンドにあった日本酒の醸造所、ナイプロを買収しました。『Keyope(清っぺ)』という商品が売りの会社で、六年間続きましたが、そのほとんどは立ち上げや役所の手続きに追われていました。日本酒の醸造を開始して、2010年頃に商品を販売。しかし経営を維持することができず、2012年に閉鎖してしまいました。

経営失敗の要因は多くありますが、中でも販売促進活動に問題がありました。小林さんと河村さんは新たな会社名と商品を掲げ、生まれ変わった環境で『Keyope』の醸造長、春日井敬明さんの努力を実らせたいと考えています。春日井さんは杜氏(とうじ)であり、ナイプロで働く前は長野県で醸造の腕を磨いていました。

YK3サケ・プロデューサーは、ナイプロの遺産を元に誕生し、その新たな姿と商品は前途有望です。会社名は小林、春日井、河村、という三人のイニシャルが偶然にも一致していることから生まれました。

「オーナーは二人ですが、春日井さんは重要なチームの一員であり、とても大きな役割を担っています。なので、会社名は三人のチームワークを表すものが良いと考えたのです」と、小林さんは言います。

小林さんはいつも春日井さんを褒め、日本酒造りの核心とみなしています。それもそのはず。春日井さんは唯一の醸造職人であり、独りで製造を行うのに適した醸造環境を自ら創り出したのです。ナイプロの買収交渉の間、小林さんは春日井さんの雇用を売買契約に含めたいほどだったと言い、「彼は本当に大きな財産なのです」と語りました。

YK3では、500リットルのステンレススチール・タンクが三つ使用されており、大きなタンクよりも破損のリスクや負担が少なくなっています。理想的な大きさは1000リットルですが、独りで醸造するには、500リットルの方が使い勝手が良いのです。春日井さんはアーティザン・サケ・メーカーやオンタリオスプリングウォーター・サケカンパニーなどのカナダの日本酒メーカーが使用する、近代型のジャケット式タンクに信頼を置いていません。発酵によって急激に熱を持つもろみを冷やすために、タンクの周りにホースを巻いて冷水を通します。時々、濾水でてきた大きな氷を用いることもあります。この昔ながらの方法を使った日本酒の醸造が、BC州のリッチモンドで行われているのです!

日本から圧搾機を取り寄せると莫大な費用がかかるため、春日井さんは槽(ふね)を自作しました。槽は圧搾のための伝統的な箱で、もろみの詰まった綿の袋を中に入れるようになっており、上には重い蓋が付いています。これを使用することで、袋は徐々に圧搾され、きれいな酒が槽の脇から少しずつ出てくるのです。必要が発明を生み、春日井さんの醸造部屋は彼の創造力や実用的アイディア、よろず屋の才能をまさに体現しています。

プロの日本酒醸造者であれば皆、麹室(こうじむろ)を持っているものです。麹室とは、麹(こうじ)を作るうえで重要な部屋です。というのも、米自体には発酵性糖質は含まれておらず、それを作るのにちょっとした作業が必要となるからです。黄麹菌という無害なカビを、麹室の中の蒸米に加えます。そうすると、カビが酵素を生成して米のデンプンを分解し、純粋な糖分ができるのです。一度に作るお酒に必要な米の約20パーセントは麹が占めています。

麹室は従来、杉材で覆われ、およそ40度で温められます。そうすると、カビがデンプンの中に入り込みやすくなります。二日後には、非常に甘く、霜がついたように白い、焼き栗に似た匂いの米粒(麹)が出来上がります。

春日井さんの麹室は、主要な醸造部屋のすぐ近くにある何の変哲もない貯蔵室で、杉の香りはありません。硬材の床や、二つのラジエーターヒーターを導入し、麹作りに必要な蒸し暑い状態を創り出しています。日本で私が見たような神秘的な外観ではありませんが、彼の麹は素晴らしく、しかも作る度に良くなっていくのです。

醸造過程の安全面での抜かりなさも、並々でないものがあります。醸造所の全てのものを念入りに装備、配置しているため、電力供給が完全に途絶えてしまったとしても、二日間醸造を続けられるようになっています。

「手作りの道具や装置を生み出す春日井さんの創造力には、舌を巻くばかりです。これが他の醸造所との差異化に繋がればと思っています」と、小林さん。

 日本のお酒や文化の真価を広めたいという願望は、YK3でいちかばちかやってみる、という行動に小林さんを駆り立てました。小林さんは、アーティザン・サケ・メーカーや今はなきナイプロも、文化の理解や交流を促すという同じ志を持って醸造所を立ち上げたのだ、と信じています。

 また、「このビジネスに乗り出したとき、正直、利益の面では確信が持てませんでした。それでもやりたいと思ったのです。挑戦して、やり遂げたぞ、と言いたかった。バンクーバーに住む日本人として、何かに貢献したかったのです」と語りました。

YK3の新商品『YU[悠]』
YK3の新商品『YU[悠]』

 YK3の新商品の名前は『YU[悠]』で、ゆったり、のんびりとした、という意味です。『YU[悠]』には、純米酒、純米にごり酒(粗めに圧搾され、ボトルに澱が残っているもの)、全麹仕込み純米酒、の三種類があります。最後の商品は、日本ではあまり作られていない変わり種です。まっさらな酒米と麹だけでできており、非常に甘口の日本酒となっています。
 
 醸造だけでなく、絵や作図の技術にも秀でる春日井さん。その創造への情熱を発散させるべく、小林さんは芸術家としての権限も喜んで与えているようです。「ついに自己表現ができる春日井さんを見られて、嬉しいばかりです」と語っています。

 会社が目指すのは、まずBC州での販売活動。それから、何とかしてアルバータ州とオンタリオ州でも販売許可を得たい、とのこと。『YU[悠]』の第一弾はBC州で購入できます。販売店舗などの詳しい情報は、YK3のウェブサイト(http://yk3sake.com)に載っています。

新たに発酵される日本酒。お米と酵母が混ざり合って放たれる、うっとりするような香り。穏やかな、しかし確固とした活動が、この新たな醸造所で行われています。小林さんの日本酒大勝負が、今まさに始まろうとしているのです。

*この記事のオリジナル(英文)は、EatNorth.ca

で読むことができます。

翻訳:林あゆみ