Category: JCCA Nihongo

移住者の活躍する団体「箱入り娘の奮闘記」

日本代表女子サッカーの『なでしこジャパン』11人とカナダ女子との国際親善試合が10月28日V市のBCプレースで行なわれた。熱戦に多くの地元ファンは歓声を揚げた。来年の夏にはW杯国際試合の決勝会場に選ばれたV市は活気に溢れている。International Soccer. Canada’s Women’s National Team Vs. Japan. Tuesday, October 28 at 7pm.

何でも好奇心「海外移住者125周年記念」

9月下旬はBC州の『芸術祭典』文化祭の行事『バンクーバー朝日The Vancouver Asahi』国際映画祭でCentre for the Perfoming Artsで初日上演が行なわれた。第33回V市国際映画祭9月25日から10月10日まで70ヵ国から出展された350作品がV市9ヵ所で上演された。

移住者の活躍する団体「義勇兵100周年記念」

8月16日のS新聞の土曜日weekend review c6 に1916年第1次世界大戦に義勇兵として参戦した日系加奈陀人Ryoichi Kobayashi氏の記事が載っている。薩摩藩の小林氏は1907年メイン島のホテルの料理人だった。24歳の時、自費で汽車の切符を買いアルバータ州のカルガリーの歩兵連隊に入隊した。Japanese canadian Veterans of the First World War.

移住者の活躍する団体「108周年記念祭」

私が学生の頃、BC州で一番古い図書館の館長管理下で絵画の展示を任されたことがあった。知り合いの家屋改造取り壊し作業者が持ち込んだ『石の破片』が大きな波紋を呼んだ。長方形の赤石で積まれた煙突を取り壊したら暖炉の土台から加奈陀産ではない石が出てきた。暖炉の基礎石は宮城県の墓石だった。日系人の『排斥』を知らなかった私は顔見知りの長老に尋ねた。長老は私に背を向けて、長い沈黙が続いた。

移住者の活躍する団体「NAVコーラス」

 2007年に大塚聖一前バンクーバー日本国総領事在任時、それまでは天皇陛下誕生祝賀会の際に国歌のテープを流していたが、『あまりにも貧弱なので、何とかならないか』という相談に対し音楽愛好者代表(妹尾翠さん)により、結成された。当地には合唱の出来る人が沢山いるから、国歌を合唱で英語で『オー カナダ』を歌うということになり地域で活躍している合唱団に尋ねた。

何でも好奇心「日加貿易」

日本からの加奈陀への最初の入国者は1870年代だったと祖人から語り継がれている。在加同胞の脳裏には上州人で通称『桐生君』という人が明治16年(1883)サンフランシスコから北上して加奈陀入りしたと語り継がれている。『紀州又』や『勘助』も激動の開拓物語を伝道として残している。ススキ龍平、須賀じゅう、北兼和助、クチュウの大工さんの物語りもある。其の頃のBC州内の中心地は船で往来できる港町NW市であった。

移住者の活躍する団体「海のルビー」

フレーザー河口の下流にドン、ライオン、ルルアイランドがある。1894年、小野寺家一族(本家、分家)の佐藤モンザエモンは18歳で父が工面した支度金を持つて単身、渡加した。農家に住み込み、1年目は英語が喋れず無給、2年目から月給1ドルを稼いだ。

移住者の活躍する団体「桜楓会」

今から12年前の2002年はグレーターバンクーバー移住者の会の創立25周年記念でお祝いの1977-2002特別誌が発行された。日系移住者の90%以上が加奈陀の西部BC州の太平洋沿岸地域に定着し、1889年に加奈陀に初めて日本国領事館が開館した。当時の加奈陀在留邦人は300人だと伝えられている。日本からの女性第1号移住者はシシド・ヨウさんでオオヤ・ワシジさんの妻になる為に渡加し、1889年にオオヤご夫妻に加奈陀最初の日系2世が誕生している。