日系人の体験と難民の受け入れ

今年は第二次世界大戦終結から70年。大戦とその終結に関連するさまざまな出来事を想起する機会である。15年前のこと、2000年にBC州のウジャール・ドサンジュ首相は8月15日を太平洋地域の「平和の日」とすることをバンクーバー公立図書館で行われた催しで宣言した。

a journal of japanese canadian community, history + culture

a journal of japanese canadian community, history + culture

今年は第二次世界大戦終結から70年。大戦とその終結に関連するさまざまな出来事を想起する機会である。15年前のこと、2000年にBC州のウジャール・ドサンジュ首相は8月15日を太平洋地域の「平和の日」とすることをバンクーバー公立図書館で行われた催しで宣言した。

今年10月19日に予定されているカナダ連邦下院の総選挙にあたって、現政権のいくつかの政策が論議を呼んでいる。そのうちのひとつが2014年に改定された「カナダ市民権法」である。

第二次大戦後の国際的な人権擁護の活動の中で、カナダは1948年に国連総会で採択された「世界人権宣言」の作成に指導的な役割を果たすなど人権擁護にかんして大きな役割を演じたことで知られている。

大戦前、ウエスト・バンクーバーのブリティシュ・プロパーティなどの取得が日系人を含めたアジア系市民に禁じられていたことは良く知られている。しかし、そのような規定の文言が現行の書類に残っていることは知っている人は少ないだろう。すなわち、アフリカ系、アジア系人種に不動産を売却すること、賃貸することを禁する、という長年の人種差別の規定が今でも登記書類に残っていることを、最近、中国系の友人のビル・チュウ(朱偉光)氏から知らされた。

東日本大震災による振動と津波によって引き起こされた東京電力の福島第1原子力発電所にある6基の原子炉のうち4基が爆発を伴う事故を起こし、大量の放射性物質が、環境に放出された。

1993年8月4日、河野洋平内閣官房長官は「従軍慰安婦」問題にかんする談話を発表した。この談話は日本の近い過去の反省やその後の日本の歩みを考える上で基本的な資料のひとつである。

3月21日は人種差別撤廃のための国際記念日である。1960年のこの日、武装していない黒人男性、女性、子供たち69人が殺され、180人が負傷した事件を記念するために国連が定めたものである。

2014年におけるバンクーバーでの催しのハイライト―そ のひとつはジョージ・タケイ氏の当地来訪であった。同氏はテレビ・シリーズ「スター・トレック」のなかでヒラク・ズルの役を演じたことで広く知られている。

今年は第二次大戦が終結してから70年になる。連合国の人びとが勝利を祝い、「満州事変」以来、15年来の継続的な対外戦争を経験していた日本の国民の多くが、敗北に終わったとはいえ、平和の到来に安堵したとしても当然であろう。

私たちは日系カナダ人の歴史とどう関わっているのだろうか。最近、この問題について考える機会が一度ならずあった。先ず、今年9月に当地で日系カナダ人協会(NAJC)の年次総会と平行して「日系人青年リーダー会議」が行われ、それをきっかけとして日系人コミュニテイに関心を持つ20代、30代の若い人たちとの継続的な連絡、交渉が可能になったのは喜ばしいことである。