日系人の歴史的遺産の認定と保存

 従来から私たちGVJCCAでは、特に大戦中の日系人の収容に関係する史跡の保存や説明の掲示に関心を寄せて、州政府と連絡してきた。最近、州政府は「日系カナダ人の歴史的遺産を認定するプロジェクト」を発表した。プロジェクトの発表と公募によって、私たちが望んでいる史跡の確定や掲示板の設立などが具体化に向かって動きだすことに期待したい。

BC州政府のプロジェクト

 「バンクーバー新報」、2016年7月14日付けによると、7月7日に行われた記者会見で、ノースバンクーバー・ロンズデール選出の州議会議員で閣僚のナオミ・ヤマモト氏はバンクーバー日本語学校及び日系人会館で、州政府が一般からの歴史的遺産認定を推薦を求めることを発表した。既に2015年には中国系歴史遺産プロジェクトのための推薦が公募され、77か所の推薦の中から、21か所が認定されている。

 今回の日系カナダ人歴史的認定プロジェクトへの推薦について州政府は次のように説明している。    

「2012年の州政府による1940年代の収容に関する州の役割について陳謝したが、その継続として日系コミュニティのBC州における貢献を認めるために歴史的な重要性を持つ場所、遺跡を認定することになった。このプロジェクトのためにBC州の国際貿易省、及び、森林、土地天然資源事業担当省は「BC州における日系人コミュニティの歴史と発展にとって貢献した所を認定することを目指している。」「これは過去と現在を通じての発展、多様性への日系人の貢献を明確にして、BC州における多様性を祝う機会である。」そして、歴史的遺産に関する一般市民からの推薦に基づいて認定され、州およびカナダの歴史的遺産として州、及びカナダのリストに登録されることになる。(www.historicplaces.ca)

 州政府はこのプロジェクトを説明するなかで、さらに次のように問いかけている。「BC州における日系人コミュニティの歴史に関連して、日系人個人あるいはコミュニティにとっての史跡をご存知ですか。そして、BC州における歴史的遺産の中で日系カナダ人コミュニティのとって重要と認められる必要があると考えられる史跡をご存知ですか。」

 このような歴史的遺産の認定の推薦はメールで今年9月9日までに行うになっている。私たちは日系カナダ人の団体、あるいは個人に、広く推薦を呼びかけたい。推薦のための要点は、推薦する建物や土地の名称、推薦の理由、さらに写真などがあれば、添付が望ましい。建物だけではなく、記念碑、墓地、庭園、自然に人手が加わっている風景、かって建物などが存在したが現在は自然のままになっているところなど、大抵のものが認定の対象になっている。また、連邦や市町村などによって既に認定されているものでも構わない。詳しくは以下の日  系人歴史遺産公募に関連するサイトをご覧いた だきたい。

*日系人歴史遺産プロジェクトの説明(7月12日、報道機関のための発表)

http://heritagebc.ca/Japanese-historic-places 

連絡先:1-855-349-7243   infor@heritagebc.ca

*推薦のために添付する申込書

http://secure.heritagebc.ca/japanese-historic-places-recognition-project

私たちにとって歴史的遺産とは

 ここで上記のような最近の州政府のイニシアティブに触れて、私たちにとっての歴史的遺産とはどのようなものがあるかについて、思いつくままに概観してみよう。

1)大戦前に日系カナダ人の町、パウエル街地域にはアサヒ・野球チームのホーム・グラウンドでもあったオッペンハイマー公園があり、近くには日本語学校が現存している。さらに第二次大戦勃発直後に日系人が収容されたヘイステインス・パーク(現在のPNE)の中継収容所などがある。また、スティブストンは病院の設立など大戦前の日系漁民の活発なコミュニティ活動でも知られている。また、スタンレー公園の戦没者記念塔も重要な史跡である。さらに、BC大学の新渡戸庭園もその設立や維持に関して日系人に深く関係している。

2)次に思い当たるのは、大戦中の日系人の強制収容に関する州内陸部の史跡である。多くの場合、今では収容所の痕跡がなくなっている。そこに記念の標識を建てることも、州による遺産の認定とは独立して取り組まなければならない課題であろう。また例えば、日系人収容の時代に医師として活動した宮崎政次郎氏の足跡が保存されているリルエットの宮崎ヘリテージ・ハウスも重要な史跡である。

3)19世紀末から大戦前にかけて州内の各地に日系コミュニティの拠点があった。特に西部沿岸地域ではいくつものコミュニティがあり、日系人が漁業に従事していた。さらに、へーニーなどフレーザー河流域の農場、さらにバンクーバー島、カンバーランドの鉱業など多数の日系人が従業していたコミュニティが州内各地に存在していた。しかし、大戦後にそのような場所に復帰して、コミュニティを再建するということには困難が伴っていて再建されず、その結果、日系人の記憶の中にのみ存在しているところが少なくない。そうした場所を含めて日系人の足跡を確かめ、記念碑、掲示などを設立するためには、私たち日系人の間での検討や調査、さらに、そのための資金も必要になってくる。以上のような多岐にわたる活動のためには日系諸団体の間での連絡や協力が不可欠であろう。

リルエットで保存されている宮崎ヘリテージ・ハウス、写真提供:筆者

リルエットで保存されている宮崎ヘリテージ・ハウス、写真提供:筆者

文:鹿毛達雄