講演レポート:イスラム恐怖症、イスラム国の時代のムスリムの人びと

講演者、オミッド・サフィ教授

講演者、オミッド・サフィ教授

 2016年2月2日にサイモン・フレイザーのハーバー・センターでアメリカのイスラム系知識人で、デューク・イスラム学センター所長のオミッド・サフィ教授が、「イスラム恐怖症、イスラム国の時代のムスリムの人びと − 全体論的正義を求めて」と題する講演を行った。グレーター・バンクーバー・日系カナダ市民協会(JCCA)会員のロン・西村、そしてジュディ・花沢がこれに出席した。なお、サフィ教授はバンクバーの最高裁判所で行われた裁判、すなわち、イスラム過激論者と見なされ、BC州議会に爆弾を仕掛けようとした容疑で有罪となったカップル、ジョン・ナッタルとアマンダ・コロディー両名の審理の際に専門家として証言した経験がある。

 メディアや政治家たちが共にテロ行為を公然と非難するために、ムスリムの人びとに責任を押し付けているとサフィ教授は指摘している。しかし、この紛争が起った責任、そしてそれを正す責任は紛争に直接関与していないすべての人々にも存在すると同氏は論じた。「イスラム教に感化されたテロリズム」のエキスパートと自称する人々はメディアを通してイスラム恐怖症を増大する社会現象へと発展させている。対イスラム政策に関して、同教授はその先駆者としてバーナード・レーウィス、そしてサムエル・ハンティントンを挙げて、この二人の著作はアメリカの政治の場でしばしば言及され、引用されていると言っている。

 しかしイスラム恐怖症を効果的に正すには、社会的不正の全てを同時に問題にする必要があるとサフィ教授は断言している。「正義は全体論に基づいていなければならない。そして正義を妨げる要素は何処に存在しようとも世界全体のいたる所での正義を妨げることになるであろう。そのため、イスラム恐怖症を語るには、人種差別、男女差別、軍国主義、そして排外主義等に関連づけて語る必要があるのだ」と同(サフィ)教授は述べている。

 サフィ教授はさらにイスラム国/ISISの巧妙な自己宣伝についても語っている。ハリウッドのスリラー(ホラー)映画を手本とした死刑執行などのビデオは恐怖感を増殖させた上、西側諸国の人々の注目を集めた。このような手法によってアメリカの政治、社会に強い影響を与えることに成功した。そこではドナルド・トランプの台頭がイスラム恐怖症に基づく憎悪の継続的増殖と直接関係している。こうした状況の中でイスラム国/ISISは新兵募集の活動を一層活発化し、その活動に対する対策としてアメリカが軍事的行動を起こすよう挑発している、と指摘した。

 オレゴン州の対決事件は武装し危険で不安定な白人のグループが法の執行を自らの手で行おうとした事件であった。それに対する警察の反応が異なったものであることを示す好例である。すなわち、警察がオレゴン州の事件を実行した白人に対して控えめだったのに対比して,黒人の犯罪者には容赦なく発砲(発泡)するのが常例であるからだ。サフィ教授は白人社会やアメリカの支配層は共に先住民族を虐殺し、奴隷制度を支持し、黒人に偏見を持ち、日系アメリカ人を強制収容し、そしてラテン・アメリカ系やLGBTのコミュニティーを差別するシステムだと述べている。このシステムこそイスラム恐怖症による恐怖感や嫌悪感を拡大しているのである。アメリカ社会の主流をなす人びとの銃にたいする執着こそ、他の集団より多くの暴力と犯罪を増加させる要因になっている。一番嫌悪されている人種、あるいは、宗教団体はムスリム、すなわち、イスラム教徒であり、アメリカで2001年に起こった同時多発テロ事件の一週間後よりも2016年にはイスラム教徒受容のレベルが低下している。その現れとしてイスラム教徒の服装を身に着けた(した)女性に対する暴力事件が増加したことや、イスラム系の大学生であり、サフィ教授の学生であった三人が殺害された事件が挙げられる。警察がこの事件を捜査した結果、車の駐車に関する揉め事が原因で、人種差別の事件ではないと言う結論を出したが、このことから法執行機関が信頼できなくなったことは明らかだ。現在、イスラム国/ISISはシリア人、そしてイラク人に狙いを定めているが、恐怖感をかき立てる政治家テッド・クルーズはイスラム系アメリカ人をすべて過激なテロリストとみなし、迫害することを提唱している。サフィ教授は人種差別や白人優越主義の立場からイスラム系の人びとにイスラム国/ISISが起こした騒動の責任を押し付け、他の人種や宗教団体を問題にしていないと指摘し、暴動を起した白人優越主義者が同じように罰せられないことに異議を申し立てている。ムスリム、すなわち、イスラム教徒に暴力を振う白人が「一匹狼」と呼ばれていることからも明らかなように、少数の白人が犯した犯罪から白人全員が責任を問われる事は無いのである。

 このような不条理に関してサフィ教授はユダヤ人の神学者、エイブラハム・ジョシュア・ハーシュエルの言葉を引用している。ハーシュエルは世の中の悪を発見し、憎悪の拡大を阻止する責任が社会の人間全体にあると指摘し、以下のような言葉を残している。「少数の人々が有罪であるが、全員に責任がある」。イスラム恐怖症の根源は白人優越主義団体やムスリム、すなわち、イスラム系の人びとに対する差別行動を起こす団体に直接の責任があるが、サフィ教授は解決策として、社会の人々全て、個人や団体に呼びかけ、人間としての共通点を理解しあうことが大切だと述べている。例として挙げられているのは、自分の子供に対する愛情と彼らに明るい未来をもたらしたいと言う願望である。サフィ教授は増悪感に囚われずに、人種差別を減少させようと励む人々と一体となり、この世の中を思いやりと正義に満ちたものにするべきだと提唱している。大概の人は愛情を人間の情緒、感情と見なしているが、イスラム教には愛情と正義は一つだと言う教えが存在し、愛情は神、あるいは聖霊が人間に宿っている証であると言われている。このような愛情に満ちた行動により、全ての人びとに増悪、恐怖、そして偏見を克服する勇気を与え、人々の尊厳、平等、そして人間性を維持するという希望を与えるであろう。チーフ・ドクター・ロバート・ジョセフも先住民が抱いている尊敬の念に言及して、類似した人道的で思いやりのある行動を提唱している。

 2015年10月3日にグレーター・バンクーバーJCCA(日系カナダ市民協会)人権委員会が実施した「補償の遺産」と題するフォーラムにスピーカーとして参加したイトラス・シエドさんがイスラム系カナダ人としてアメリカの9.11(同時多発テロ)事件の後、どの様な経験をしたか語った。彼女が言及したカナダでの経験はサフィ教授が述べた経験と類似したものであった。シエドさんによればイスラム系カナダ人は常時カナダの官憲から監視されていると感じ、カナダ人からはテロを起こしかねないと疑われていた。イスラム系のコミュニティーとして孤独を感じ、いつ何をされるか分からない状況であったと話した。このような状況に対するイスラム系の人びとの反応は、「流れに逆らわず、周りの人達と親しくし、非政治的になり、反抗するな」というものであった。イスラム系カナダ人は航空便(飛行機)の搭乗券をネットで印刷できず、イスラム系の人びとは誰でも空港でレイシャル・プロファイリングを受けた経験をしている。シエドさんはイスラム系カナダ人の経験が示しているのは、無罪を証明する責任が的にされたコミュニティにあると結論している。このような継続している非人道的な状況に対処するために、シエドさんは似た仕打ちを受けた団体、例えば先住民や日系カナダ人等も立ち上がり、連帯してムスリムが体験した不条理に対して立ち向かう必要があると論じた。

 サフィ教授の講演の後、参加者の一人がムスリムの母として息子がムスリムで無ければいいと思うほど人種差別やムスリムに対する憎悪や恐怖を感じる中で、どの様に人情や正義感のある社会に参加し、それを促進したらいいのかと質問した。この小文の筆者も発言者の憂慮を理解している。すなわち、日系カナダ人もその生い立ちを語る中で、青い瞳だったらよかったのにと思たこと、そして、自分たちに向けられた人種差別的な言辞によって傷つけられたと語っていたことを思い出した。先住民の青年達もある時期には人種差別に基づく攻撃や悪口に圧倒され、先住民でなければよかったと思ったことがある、と話している。こう言った状況を打開する「答え」は決して単純なものではない。その理由は他人を思いやり、行動を起こすことを意味するからである。すなわち、上に触れたムスリムの母の息子のような若者たちが自己のアイデンティティ、家系、宗教的ないし精神的信条を受け入れて、誇りを持つことを支持し、奨励することを意味するからである。更にそれは責任を取ること、すなわち、かって日系カナダ人がそうであったような現在のイスラム系「敵性外国人」と連帯することを意味する。強制収容を体験した祖父母の世代は、自分たちの経験を言い伝える理由は他のコミュニティーが似たような仕打ちを受けないためだと言っている。つまりイスラム系カナダ人と連帯してイスラム恐怖症、人種差別、憎悪と闘うのはそのような先人たちの志を体現したものである。様々なコミュニティーが一つになって対応する以外の道はない。その理由は、「地球上に起こっていることと、そして、抜本的な変化とに関して、私たち全てに責任があるからだ」とサフィ教授は結論している。

原文はThe Bulletin 2016年3月号に掲載。

文・ジュディ・花沢

翻訳:ウィンフィールド・隆史・ルイ

訂正:2016年3月号の人権委員会のコラム(47ページ)で、「アップルの創立者、ビル・ゲーツ」と記しましたが、誤りで、正しくは「マイクロソフトの創立者、ビル・ゲーツ」です。