現行カナダ市民権法の問題点

 今年10月19日に予定されているカナダ連邦下院の総選挙にあたって、現政権のいくつかの政策が論議を呼んでいる。そのうちのひとつが2014年に改定された「カナダ市民権法」である。これに対して、すでに10万通の反対署名がすでに集められていると伝えられている。問題となっている点を一言でいうなら、特に二重国籍者のカナダ市民権の剥奪が容易になったことである。そしてこの点が一部のカナダ人を第二級市民とする規定だと批判されているのである。ここで想起されるのは70年前の第二次大戦終結前後の日系人の追放政策とそれに伴う市民権剥奪の経験である。

市民権を剥奪された日系人の経験

 周知のように1941年のアジア太平洋戦争勃発当時、日本国籍者を含む日系人の大部分がBC州の西部沿岸地域に居住しており、その人たち、老若男女すべてが強制移動と収容の対象になった。大戦の帰趨が連合国側に有利に展開していた1944年8月に、カナダ首相マッケンジー・キングは議会で日系人対策の具体的の方針を打ち出している。いわく、日系人がBC州に集中して居住していたことが日系人に対する反感を引き起こしたのだから、日系人をカナダ各地{ロッキー山脈の東}に分散すべきである。そして、日系人の中で希望するものの「帰国」(repatriation)を奨励する、と言うものであった。こうした政策は1945年の大戦終結によって俄かに 実現が可能となったのである。

 「帰国」は自発的意思にの基づくもので、強制ではない、と当時、政府は繰り返し主張していたが、多くの日系人にとっては未知のカナダ東部への移動が差し迫り、かって居住していた西部沿岸地域への帰還の可能性が予想できない状況の下で、「帰国」以外の道はないと判断しなければならなかったようだ。そして、当初1万人以上が「帰国」を選択し、1946年に実施された「帰国」政策に基づいて、実際には4000人近くの日系人が、大戦直後の疲弊した日本に「送還」されたのである。注目すべきことは、「帰国」選択に際して日系人はカナダ市民(英国臣民)であることを放棄する旨の書類にサインすることを求められたのある。その宣誓書の書面は次のように書かれている。

「私こと… カナダ生まれの英国臣民として登録済みで、ここに私の英国国籍を放棄し、日本国民となる希望を宣言いたします…」

 このようにして追放された日系人の多くはカナダ生まれの二世で、1949年に移動、収容の政策が撤廃された後、カナダへの帰国を希望した。そしてその手続きの際にカナダ旅券の取得が認められたのである。言い換えれば、政府はかっての市民権剥奪の政策の誤りを認めて暗黙のうちに撤回したといえよう。

カナダ市民のランク付けか?

 改定された市民権法では、カナダ市民権の取得が難しくなっただけではなく、その剥奪が容易になっている。その剥奪は外国国籍を持つ者あるいは外国籍の取得の可能性を持つ者のみの市民権の剥奪が可能になっているのである。カナダ政府は市民権の剥奪の規定はテロリズムやスパイ行為などに関係している例外的な人にのみに適用されるものであると説明しているが、先ず、そのような問題は既存の法律で取締りが可能だし、そもそも「テロリズム」とは何かについての明確な規定がない。従って、それらを幇助し、扇動し、そのようなグルー  プ所属している人もその対象になるとされているので、取材に当たるジャーナリストや政治活動に参加する人、寄付を寄せる人なども、改定された法律が適用される可能性があるのである。

 しかも、政府はそうした場合に市民権の剥奪が適切であるかどうかについて、具体的な説明をしていないのである。カナダには効果的な刑事法が施行されているから、テロリズムなどのような重大な犯罪の取締りが可能である。市民が法律に違反したときに裁くのは刑事法のシステムであって、政治家や官僚である必要はない。しかも刑事法には起訴されたもの弁明、弁護の可能性やその機会が組み込まれているのと比べて、市民法関連の事件では弁明の可能性が極めて限られている。

 現政権の下では100万人いると言われている二重国籍者に加えて、出生によってカナダ市民となっている移民・難民の二世、三世も一般のカナダ人と差別して取り扱おうとしているのである。こうして政府の役人にカナダ市民の市民権剥奪を可能にしているのであり、カナダ市民権の貴重な価値が損なわれることなる。この法律がカナダ市民のなかに第一級、第二級のランク付けをするものだと指摘する人もいる。カナダでは憲法(Charterと略称されている「権利と自由のカナダ憲章」)の下で市民の自由や平等が認められているが、それがないがしろにされているとして、BC州公民権協会、カナダ難民専門弁護士協会が訴訟を起こして、この市民権法に挑戦しているのである。この訴訟の今後のなり行きに注目したい。

 なお、JCCA人権委員会では「反テロリズム法」(今年、法律となったBill C−51)に関する勉強のためのワークショップを10月3日に予定している。この法律は市民権法にもまして市民の自由や権利を侵害する危険があるもので、多くの批判があることは良く知られている。この二つの法律とそれをめぐる論議から、私たちは、国家の安全のために市民に認められている憲法上の権利を犠牲にしても良いのか、という共通の基本的問題があることを知らされているのである。

参考資料:

鹿毛達雄『日系カナダ人の追放』、東京、明石書店、1998年。47ページ。

Ian Mulgrew.”Law treats us as lesser Canadians.” Vancouver Sun, July 10, 2015.

Efrat Arbel, “ Citizenship Act undermines rights.  Vancouver Sun, August 21, 2015.

お知らせ

選挙に関する規則“Fair Election Act”の変更によって、10月19日の投票の際に必要な身分証明書などの規定が厳しくなりました。特に、現住所が記載されいる身分証明書を持っていない方(学生や高齢者施設居住者などに多いと思われます)は同一選挙区内に居住する保証人の証明など、10月19日の投票日前に準備することが必要になります。

[文・鹿毛達雄]