Jタウンのロゴはナチの鉤十字同様?ここに異議あり

 過去十数年お付き合い頂いている当コラム、なるべく論争のもととなる政治的、宗教的、人種的諸問題を避けた柔らかい内容を意図してきたつもりで、時たまそうした問題に触れる場合は、雑文書きの端くれなりに、可能な限り客観性を重んじようと常に心掛けてきた。そこで敢えてここに本誌先月号(8月号)の日本語の部に掲載された田中裕介氏によるコラムの論点の一つに異議を申しあげたい。

 以下に同コラム<滄海一粟>の<「ジャパンタウン」と朝日軍の復活>と題された部分より以下引用する。

 日本人の歴史認識は、世界のそれから遠く乖離してしまったようだ。この「ジャパンタウン」のロゴはその産物かもしれない。戦前の朝日軍への熱狂は、日系社会を飲み込んだ差別と民族主義が生み出した一つの現象だった。

 戦後70年、「我らが朝日軍」をカナダ社会に向けて語る時、ナチの鉤十字同様、旭日旗が巻き起こすかもしれない不快感に無頓着だとすると、それは無邪気なノスタルジアの象徴というより、歪んだ歴史観の主張だと受け止められ兼ねないだろう。

 この点なのだが、この際難しい政治論議を戦わす必要は無いと思う。メディアでは<街頭アンケート>とか言うようだが、まじめな話、田中氏ご自身、是非時間を作ってトロントでもバンクーバーでも問題視されるジャパンタウンの<ロゴ>を持って街頭に立ち、通りかかる人たちに「これを見てナチの鉤十字を連想しますか?」と訊いてみていただきたい。もしも朝日軍のことを知っていて「イエス」と応える者がいたとすれば恐らく韓国系、華人系、そして日系人や在外邦人の一部であろう。

写真:Japantown Film facebook page (facebook.com/JapanTownFilm) より

写真:Japantown Film facebook page (facebook.com/JapanTownFilm) より

 カナダ人一般、否BC州住民一般でも、まず朝日軍とその偉業のことを知っている人はごく少数と見受ける。再度新聞記事にはなっているのだが、日系以外の友人、知人で「朝日軍」と聞いて「ああ、あの朝日軍ね」と応える者はここ数年来でせいぜい二、三人だったか。その少数の中でも、問題となさるロゴを見てナチの鉤十字を連想する者は果たして何パーセントか。カナダ人読者の常識に委ねます。

 「世界のそれから遠く乖離してしまったよう」な日本人の歴史認識とのご主張だが、およそ50年間にわたり記者、編集者及びコラムニストとして各国の情勢をフォローしてきた立場から検討してみる。在住体験があるのは英国、イタリア、フランス、米国は首都ワシントンとサンフランシスコ、東京、シンガポールそして在住17年になるバンクーバーなのだが、古くからの職癖として今は主にwwwを介して各国の新聞、雑誌、電波メディアをチェックしている。

 まず<日本人の歴史認識>を問題視するのは、主に中国と韓国のメディアや知識人一般、及び日本、北米とヨーロッパの知識人の一部と見受ける。以外の国々はどうだろう。

 東南アジアの国際ビジネス拠点として繁栄するシンガポール。1942年から日本の敗戦まで3年間帝国陸軍が<昭南島>と名づけて軍政統治した。戦後は英領植民地時代を経て1965年、マレーシア連合を脱退して独立した。個人的には1981年から85年まで同国の英字紙に勤務、以降経済開発庁広報部、次いで92年より97年までシンガポール航空機内誌(日本語版)の編纂に従事した。家内はシンガポール人(現カナダ国籍)なので長男長女はいわばシンガポール人とのハーフだ。現在も2、3年ごとに訪れ、その度にジャーナリストの義兄の厄介になっている。シンガポール人の友人たちが訪れることもありwwwもあるので、同国の情勢は大体わかっているつもりだ。

 同国の首相リー・シェンロン氏が去る5月シンガポールで開かれた地域安全保障問題をめぐる国際首脳会議で発言、「日本は歴史を正しく認識しなければならぬ」としながらも「過去にとらわれずに共存発展するべき、現在のシンガポールと日本の関係は良好だ」と述べた。日本に3年間統治された国の首相の発言だけに重みがある。日本の評論家の一部には<中国の走狗になった>とけなされたが、日系多国籍企業の資本投資も順調な昨今、日本人は勤勉で信頼できるというイメージが定着しているようだ。80年代までは時たま耳にした<ジャップ>という蔑称も殆ど聞かなくなった。

 家内の伯父にあたるインド系シンガポール人のA氏は昭南島時代は日本軍に召集されて車両整備員として働かされた経験がある。日本が降伏した際の体験について英字新聞の取材には「苦しかった占領が終わり、また英国人が戻ってくるのが嬉しかった」と応えたのが、日本人の当方にはあるパーティの席で「日本軍の上官が<君たちはいっぱしの有資格整備員としてのプライド忘れるな、もう英国人にペコペコすることはないのだ」と諭された、と語ってくれたものだ。

 次にミヤンマー(旧ビルマ)。ミャンマー航空の機内誌(英語版)の編纂の下請けをしていた関係で首都ヤンゴンを取材で1990年代に二度ほど訪れ、友人も出来た。また70年代には妹が国連の勤務でヤンゴンにいたこともある、なじみ深い国だ。1943年に日本の後押しで建国された<ビルマ国>が、戦後英国からの独立運動のもととなったことで、日本の軍歌のメロディが今でも親しまれるほど軍部トップの親日的傾向はよく知られている。ちなみに1981年にはミャンマー政府は独立に貢献した旧日本軍人7名に、国家最高の栄誉<アウンサン・タゴン勲章>を授与している。

 フィリピンも戦時中日本が占領した国だが、ローマ勤務時代に知り合った40数年来の親友がいることもあり、シンガポールや東京にいた頃はよく訪れた。彼の今は亡き父親は若い頃はゴルフの名手で日本の統治時代、かの山下奉文中将(異名<マレーの虎>)とコースを回ったことがあるそうだ。ご存知のように戦後50年日本と色々交流があり、2年前大暴風雨で甚大な被害をこうむった際は米軍と共に救済・復興に貢献した日本自衛隊員たちの活躍は現地で高く評価された。昨今は領土権を中国と争う島々に後者が一方的に基地や滑走路の建設を進める中、同海域で日本海上自衛隊と合同パトロールを行っている。同諸島の領土権をこれも主張するベトナムは中国を警戒するあまり日本の軍事援助を要請している。

 ビルマ、台湾、そして旧帝国陸軍の兵隊約2千名が独立戦争に加わったインドネシアは概ね親日的だ。さらに日系企業の進出が目覚しいマレーシアや、タイ、その進出が右肩上がりのベトナムでも今の世代の大半はもう日本人に対しては無関心か、好意をもつ者も多いと見受ける。昨年訪れたタイ南部でもそうだった。

 オーストラリアは昨年日本の戦時中の侵略行為は過去のものとして軍事援助を要請。インドとは同国海軍と海自の合同訓練など連帯を強化している。スペースの関係ざっとしか見られなかったが結論として、田中氏のご意見が各国の国民、知識人やメディアの無数の見解をどこまで反映しているのか正直疑問を抱く。それなりに尊重はするが。ともかく「日本人の歴史認識は、世界のそれから遠く乖離してしまったようだ」については、職歴50年の報道人・雑文書きとして頭を傾げざるを得ない。

 それから今後田中氏が日本語でご意見を述べる際は、短い<まとめ>でも良いから英文を添えて全ての読者とシェアして頂けないでしょうか。出来る限り同じ情報を英文と和文で提供するのが本誌の役割と信じるからです。

[文・渡辺正樹]