プロ級情報操作まで必要? 日本の緊密な人間関係によるストレス

インターネットのウェブサイトや購読している週刊誌を介して日本の活字メディアを読み漁っている毎日だが、時たま欧米メディアではまず見られなような奇異な組合わせに出くわす。最近発見した例に、スパイや諜報活動に関しては恐らく日本随一の著名専門家がペンをとる大衆夕刊紙の身の上相談コラムがある。佐藤優(まさる)氏、54歳、はソ連邦時代にモスクワの日本大使館や東京本省に勤めていた元外交官、極秘の諜報活動など当時の体験を詳細に書き綴った著書は幾つもベストセラーとなったが、同氏の諜報活動の仕組みや政府間の取引きの舞台裏に関する深い知識には定評がある。あだ名は<外務省のラスプーチン>。

 ところが同氏が丁寧に応じる相談ごとは余りにもありきたりで可笑しくなる程だ。一時期キャバクラにハマり給料のほとんどを注ぎ込んだが、なお300万円近い借金をしている31歳の男性会社員が悩み事を打ち明ける。「今でもコツコツと返していますが、彼女に結婚を迫られ、親御さんからは<いつ娘を籍に入れるんだ?>と言われているのですが、この借金の存在が明らかになるのが怖いのです。」
 泣き言はつづく。「彼女は気性が激しいので、<ギャンブルに使った>とウソをついてもぶん殴られるでしょうし、飲み代に使ったと言ったらケータイのメールからすべて調べられてキャバ嬢に貢いだことがバレてしまいそうです…。」そこで「なにとぞアドバイスを…」
と相談者。

 その肩書きも<作家・元外務省主任分析官>、佐藤氏はあくまで真面目に応えている。「プロのインテリジェンス・オフィサー(諜報員)は不必要な嘘はつきません。どうしてかというと、事実ならば普通に記憶を喚起して整理すればよいだけですが、嘘はきちんと記憶しておかなくてはならないからです。もちろんインテリジェンス業務には<偽装用物語>(業界用語ではカバーストーリーという)が不可欠です。カバーストーリーを維持するためのエネルギーを極少にするためにも、不必要な嘘はつかないというのがプロの技法です。」 ここで説明が一つ入る。「ちなみに、全面的に嘘をつくことと、真実を全て語らずに、少し曲がった情報を提供することで自分に有利な状況をつくる技法(ディスインフォメーション=情報操作)は別次元の話です。

 そして佐藤氏の肝心のアドバイスは、「コレさんの彼女は気性が激しいとのことなので、<キャバクラにハマって借金した>という話をすると、それが結婚した後までもずっとついてくる可能性が排除されません。…… 何かのきっかけで<あんた、結婚したときにキャバ嬢に貢いで300万円も借金をしていたのね>と爆発するかもしれません。それですから、キャバ嬢に入れ込んでいた話は、徹底的に秘匿することをお勧めします。」

 また肝要のお金の問題については誠に実質的に、「借金に関する話は、正直にしたほうがいいと思います。例えば<将来のことを考えると、少しでもカネがあったほうがいいと思って、先物相場に手を出した。それで穴をあけて、今300万円の借金が残っている>というカバーストーリーを展開すればいいと思います。 先物関係の本を1、2冊読んでおけば、彼女を説得することは十分できると思います。彼女が<どういう取引をしていたの>と突っ込んできた場合は<もうあのときの地獄を思い出したくない。現在は、こういうふうに返済計画を立てている>と話しをズラしましょう。」

 
 さらに300万円を給与から返済するのは「かなりたいへん」だから、もし彼女やその両親が融通してくれると言うならば「遠慮せずに借りたらいいと思います」と専門家は説く。

 その際は弁護士事務所に行って銀行と同じ利息を払う借用書を作ること、として「そうすれば、コレさんが真面目な人だという印象が醸し出されます」由。さすがはプロ、どうしていいかオロオロしている相談者にまさに適格なアドバイスの幾つかだ。

 私たちは恐らくみんな<嘘をつくのは悪いこと>と教えられ信じている。だが表現<嘘も方便>の如く小さな嘘の一つや二つはつくかもしれない。街の某パブでのジャムセッションの後時々ある人を車で帰る途中まわり道をしてその自宅まで送ることがあったのだが、ある晩、一度だけ送ったことがあった別の人が<私もまた>と頼んできた。その後まだ行く所があったこともあって、2人も送るのはいささか面倒と、とっさに「家内から緊急の電話があって…」と、当方稀にしか(誓います!)つかない嘘の言い訳を後に同パブから<脱走>したことが数ヶ月前にあった。

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 でも嘘のカバーストーリーを展開し、バレないように予め参考資料で勉強しておき、もしお金を融通してくれるのなら銀行と同利息の借用書を弁護士に作らせて<真面目な人>という印象まで与える。仮に善悪抜きに考えらるとしても、そこまで抜け目のない人物なんて空恐ろしいではないか。

 ケータイなど小型端末機器や電子ゲーム類が普及する以前の古き良き時代の日本では、通勤電車内、バス内で多くの人々が週刊誌や新聞に読みふけっていたものだ。大衆紙の人生相談がここまで<専門的な情報操作作戦>まで載せる(夕刊フジ、2014年7月20日付け)ということは、職場、学校や家庭内の緊密かつ複雑な集団ダイナミックスによるストレスの厳しさは昔も今も変わらないからだろう。