カナダにも及ぶアンパンマンの精神

渡邊正樹

 気候が比較的マイルドなBC州南部に住む私たちは幸い、この冬北米東部、五大湖地域を襲った猛寒波や豪雨に逢った英国南部各地の冠水のような過酷な気象状況を免れた。去る2月本州北部各地の道路交通を完全にマヒさせ、秋田県甲府市など各都市では記録的な降雪量だった大雪もひどかったようだが、今回もまた、非常事態のさなか助け合いの精神を発揮した人々の親切な行いが注目された。その一つ「本物のアンパンマンが来た!」との新聞見出しが躍ったのは、あるパン屋の配達バンの運転手が気を利かせてとった行動だった。

  数千のドライバーたちと共に雪に閉ざされた高速道路に立ち往生した同運転手は、自主的に配達する筈のまだホカホカの菓子パンやケーキを積み下ろして、いつまで待つのやら腹ペコで震えているドライバーや乗り合わせの人々に配って廻ったのだ。「どっちみち配達できない商品だから暖かいうちにパンやらケーキを皆さんに食べてもうらおうと…」と同運転手の言葉が報道されたが、いたく感謝した一部の老若男女が、アンパンマンが来たと騒ぎ出したのだ。

 ご存知のようにアンパンマンとは例のマンガ・アニからスーパーヒーローとして1970年代の始めから現在に至るまで幾世代もの日本人、そして日系人を始め海外のファンにも愛されてきたキャラクターだ。40年以上も活躍し続けるアンパンマンの人気を支えるのが、現時点で推定1,700体を数えるキャラクターたちだ。ジャム

おじさん、名犬チーズ、しょくぱんまん、おむすびまん、メロンパンナ達と共にバイキンマン等悪者たちと闘い続ける正義の味方アンパンマン。

 パンにただ餡子を詰めたあんパンの歴史は古い。1874年に銀座の木村屋が考案し、売り出したところ西洋風の新しいもの珍重された時代のこともあって好評を博し、翌年4月4日には明治天皇に献上され、木村屋のあんパンは 宮内庁御用達となった。天皇陛下がお好みとの噂が流れ売れ行きは全国的に伸びたそうだ。ちなみに4月4日は「あんぱんの日」となっている。

 アンパンマンのやさしさに癒されたい、という世代を超える心境がより切実になったのは作者やなせたかし氏がつい2012年6月、「ゼロの世界に消えるでござる」との名台詞を最後に享年94歳で大往生されたこともある。1950年代に絵本作家、詩人として本格的に活動し始めた他編集者、舞台美術家、演出家、司会者、コピーライター、作詞家、シナリオライターなどなど何でもこなした。困っている人たちを支援にする無欲の親切の行為とはまた、3年前の東日本大震災と津波以来多かれ少なかれ常に私たちの念頭にあることでカナダにも及ぶアンパンマンの精神はないか。救済、後片付けに修復、再建と多くはボランティアたちによる支援活動はいつまで続くかの見通しさえたっていない。

 真に迫る写真を含むメディアの報道で判断する限り、東北沿岸の津波被災地の町々の情景は、被災害直の片付け作業が終わって以来あまり変わっていないようだ。修復、再建がなかなか進まないのだろう。日本内外の諸団体の支援は今なお肝要、ここバンクーバー地域でも献身的なボランティア達ががんばっている。

 個人レベルでは。昨年7月号当コラムでご紹介したトーマス嘉幸神谷さんというバンクーバー在住の沖縄出身の日系人のことを覚えている読者もおられよう。日本とカナダで長年携わってきた重機整備の仕事で得た技術を何とか生まれ故郷の日本、とりわけ被災地の方々の為に役立てたいと、昨年約半年かけて有機栽培農家な

どで無償で農機のメンテナンスを実施したり教えたりしながら軽ワゴン車で被災地その他各地を巡り、日本のメディアにも注目された人物だ。

 神谷さんは4月2日に再度日本に向かう予定だ。先日ご親切にも拙宅にご足労いただいき、去年の被災地その他各地を巡った際に出来た友人知人たちとの体験などをお聞きした。被災地で開墾作業に汗をかく外国人を含むボランティアなど写真もいろいろ見せていただいた。また、神谷さんが持ってまわった画用紙大のノートブックに書き込まれた数々の感謝、支持や応援のメッセージも。被災地その他各地の農家や田舎のコミュニティの皆さんや北米を含む日本内外のボランティアたちの、日本人、日系人、非日系人など人種国籍を問わず絆を育んでいこうという共通の思いが行間から伝わってきた。

  当コラムとしてお役に立てることがあるとしたら、太平洋両側で新しい友情や協力の絆を育んでいる神谷さんのユニークな支援活動のニュースをこうして皆さんと分かち合うことくらいしかない。もし有機農業(同氏は専門家)、有機農家その他被災地の農家への支援、支援活動一般に興味がある読者がおられたら、Eメールでまでお問い合わせください。

 ところで神谷さんが訪れたのは、たまたま前述の「本物のアンパンマンが来た!」との積雪災害地からの報道を見て家人とアンパンマンの話をしていた数日後だった。初対面の挨拶を交わすと、「一緒に食べましょうか」と彼が手渡してくれた紙箱の中には、そう、わざわざ買って来てくれた 、<主役>あんパン以下メロンパンなどあの懐かしの菓子パンたちが並んでいた。同じあんパンでもカナディアン・サイズ、例のフワフワして甘みがかったパンの中には中華風の餡がたっぷり詰まっていて美味しかった。思えばあんパンは海外各地でも百年近く、日本人が出て行く先でいろいろと工夫されてきたのだろう。

 もう一世紀以上手ごろなスナックとして日本人に愛され続けてあんパン、それが我らがヒーロー、アンパンマンになると<おのれ自身を食えるから>他に何も食べないでがんばっている。そのあたりがアンパンマン精神なのではないか。